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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)7059号 判決 1987年3月20日

原告

前田昭男

右訴訟代理人弁護士

上西裕久

被告

同栄信用金庫

右代表者代表理事

笠原慶太郎

右訴訟代理人弁護士

中野博保

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四四五万二八〇八円(本件訴状の請求の趣旨に金四四五万二〇八〇円とあるのは、右の誤記であると認める。)及びこれに対する昭和五九年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、次のとおり手形上の権利を有していた。

(一) 訴外鈴木工業株式会社(以下「訴外会社」という。)は、別紙約束手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を振り出した。

(二) 本件手形の裏面には、第一裏書人訴外不二制御機器株式会社、第一被裏書人猪俣欣也、第二裏書人猪俣欣也、第二被裏書人原告との記載がある。

2  原告は、支払期日である昭和五八年一〇月三日に、本件手形を、支払場所である被告品川支店に呈示した。

3  これに対し、被告は、支払を拒絶した。

4  右支払拒絶は、被告の違法かつ有責な行為であつて、民法七〇九条の不法行為を構成する。

(一) 被告は、かねてより、訴外会社との間で、訴外会社が振り出した約束手形の支払事務処理の委託を含む当座勘定取引契約を締結していた。

(二) 訴外会社は、福岡地方裁判所大牟田支部に対し、本件手形を含む計二四通額面合計五八八〇万一七〇〇円の手形につき支払禁止の仮処分申請をし、同支部は、昭和五八年九月二七日、右申請を容れて大要次のとおりの支払禁止の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)をした。

(1) 当事者

債権者 訴外会社

債務者 訴外三浦基臣(以下「訴外三浦」という。)

第三債務者 被告

(2) 主文

(ア)債務者は、本件手形を含む訴外会社振出しの手形を支払場所に呈示して権利を行使し、又は裏書譲渡その他一切の処分をしてはならない。

(イ)第三債務者は、右手形に基づき支払をしてはならない。

(三) しかるところ、被告は、本件手形の支払呈示を受ける以前、昭和五八年九月二九日の時点で既に訴外会社から、同社が本件仮処分の申請をしていることを知らされ、その対象になつている手形が取り立てに回つてきても支払わないで欲しい旨の依頼を受けて、これを承諾した(このことは、被告の手元にある本件仮処分決定の正本―乙第三号証―の別紙約束手形目録(一)の冒頭に記載された額面五〇万円、支払期日昭和五八年九月二九日の約束手形の表示のところに「鈴木工業社長に連絡了解済」、「9/29交換支払済、郵便到着前に付」という記載があることからみて、容易に推認できる。何故なら、そうでなければ、右五〇万円の手形を決済するのは被告として当然のことであり、いちいち訴外会社に連絡することは全く不要のことだからである。)。

(四) そして、被告は、昭和五八年一〇月三日、本件手形が支払呈示された際、本件仮処分決定がなされていることを理由に支払を拒絶し、しかもこれについて不渡届をしなかつた。

(五) しかし、本件仮処分決定の効力及び被告が参加している東京手形交換所の手形交換規則とその施行細則に照らすと、被告は、本件手形が本件仮処分決定の債務者である訴外三浦以外の者によつて支払呈示されたときは、右の如き理由でこれを拒絶すべきでなかつたし、これを拒絶するのであれば、当然、不渡届をすべきであつた。すなわち、

(1) 本件手形の支払を禁じた本件仮処分決定は、当該事件の債務者である訴外三浦に対する支払を禁ずる効力は有するが、同人以外の者に対する支払を禁止する効力を有するものではない(そのことは、(イ)そもそも本件仮処分決定の如き決定は、当該事件の当事者のみを拘束するものであり、その事件の当事者でない者を拘束する効力は有しないものであること、(ロ)また、右一般的効力の点は別にしても、本件手形の支払を禁じた前記の主文第二項を、訴外三浦に対し権利の行使を禁止している前記の主文第一項と関連させてみれば、それが訴外三浦に対する支払を禁止する趣旨であることが容易に理解されること、、(ハ)更には、不渡事由が手形の偽造、変造等のいわゆる物的抗弁に基づく場合には、わざわざ仮処分決定を得るまでもなく、異議提供申立金の免除を受けて異議申立をすることができることからみて、本件仮処分決定の申請理由は債務不履行あるいは詐取等のいわゆる人的抗弁に基づくものと解されるが、このような人的抗弁に基づく場合に仮処分債務者以外の第三者からの支払呈示を拒絶できないことはいうまでもないことであること、以上のような点からみて明らかなところである。)。

(2) そして、上記交換所が定める手形交換規則によれば、交換手形が不渡りになつた場合、支払銀行及び持出銀行は、不渡事由が、その施行細則で定める適法な呈示でないこと等を事由とするものであるときを除き、「資金不足」又は「取引なし」の場合は第一号不渡届を、それ以外の場合は第二号不渡届を提出しなければならないことになつており、不渡届が出されると、第二号不渡りについて異議申立がなされ、かつ、異議申立提供金が提供されたときは別として、その不渡届が取り消されない限り、支払義務者は不渡処分に付され、取引停止処分を受けることになつている。そして、上記細則で定める適法な呈示でないこと等を事由とする場合とは、「形式不備」、「裏書不備」、「呈示期間経過後」……「その他適法な呈示でないことを理由とする不渡事由」というものであつたところ、被告は、本件仮処分決定がなされていることを理由に本件手形の支払を拒絶し、これを右の「その他適法な呈示でないことを理由とする不渡事由」の場合に当たるとして不渡届をしなかつたのであるが、上記本件仮処分決定の効力に照らすと、原告がした前記支払呈示が適法なものであつたことは明らかであり、これを上記「その他適法な呈示でないことを理由とする不渡事由」の場合に当たるとした被告の判断が誤りであつたことは明白である。

(六) そして、手形交換所が行う不渡処分及びこれに伴う取引停止処分は、単に加盟金融機関やこれと契約関係を結んでいる者の便宜を図るというだけでなく、不渡手形の乱発、横行を防止して手形、小切手の安全を確保し、手形制度の信用を維持するという公益的目的に資するものとして運用されているのであり、また、そのように運用されるべきものである。

したがつて、被告のように手形支払の業務を行う金融機関としては、当該金融機関と当座取引等を行つている契約関係者に対してのみならず、原告の如く手形交換所における手形交換が正しく行われることを信じ、これを前提として手形取引を行つている者に対する関係でも、参加手形交換所が定める不渡事由等を正しく理解し、これに従つた運用をして、右正しい運用が行われることを信じて手形取引をしている者の信頼を裏切らず、これに対し不測の損害を与えることのないようにすべき注意義務がある。

しかるところ、被告は、長年、手形交換等の金融業務に携わるものとして、上記の如き仮処分決定の効力や不渡届に関する定めのことは十分承知していたか、そうでなくとも当然これを承知しておくべき立場にあつたものであり、しかも、本件の場合、前記のとおり本件手形の支払呈示を受ける以前、昭和五八年九月二九日の時点で既に訴外会社から、同社が本件仮処分決定と同旨の仮処分申請をしていることを知らされ、その対象になつている手形が取り立てに回つてきても支払わないで欲しい旨の依頼を受けていたのであるから、その際ないし遅くとも本件手形の支払を拒絶する以前に、被告の取るべき正しい処置が前記の如きものであることに思いをいたし、訴外会社に対し、そのような仮処分決定があつても仮処分債務者以外の者が呈示してきた場合には、本件仮処分決定を理由に支払を拒絶することはできず、不渡届を出さざるをえないことを通告し、本件手形が訴外三浦以外の者によつて呈示された場合は、その支払に応じるか、これを拒絶するときは、当然、不渡届を出すべきであつたし、そうすることは可能であつたはずである。

(七) しかるに、被告は、訴外会社から前記依頼を受けるや何ら自己の金融機関としての上記責務を考えることなく、唯々諾々として訴外会社の右依頼に応じ、原告がした本件手形の支払呈示に対しその支払を拒絶し、しかも不渡届をしなかつたものであつて、これは被告の重大な注意義務違反であり、過失であるといわざるをえない。

(八) しかるところ、訴外会社が、本件手形を含む計二四通額面合計五八八〇万一七〇〇円の約束手形について支払禁止の処分を申請し、申請どおりの本件仮処分決定を得たことは前示のとおりであるが、同社がそのような手続を取つたのは、同社としては、本件仮処分決定のような決定があれば被告の如き金融機関が当該決定の当事者以外の第三者から支払呈示があつた場合でも、これを適法な呈示でないとして支払を拒絶し、しかも不渡届をしない取り扱いをしてくれることを承知していたからであり、これに乗じて支払を免れ、異議申立預託金を預託しないで不渡処分や取引停止処分を免れようとしたものである。

したがつて、もし、被告が、前記注意義務を怠らず、訴外会社から前記依頼があつた際に、訴外三浦以外の者からの支払呈示に対しては支払を拒絶できず、決済資金が不足のときは不渡届をせざるをえないことを伝え、かつ、本件手形が支払呈示された際に現実にそのような処置をとつておれば、訴外会社は、不渡処分を免れるため、本件手形を決済したか、そうでなくとも、被告に異議申立預託金を預託して異議申立てをさせたはずであり(このことは、被告品川支店の当座勘定元帳―乙第一号証、第八ないし第一四号証―によつて、訴外会社の昭和五八年九月、一〇月の決済状況をみてみると、本件仮処分決定及びこれと同様の仮処分によつて支払を免れたと考えられるもの以外は、手形割引の方法で資金を調達する等して全て決済されていることから、容易に推認されるところである。)、そうすれば、原告としても本件手形の決済を受けられたか、異議申立提供金を差し押えることによつて、本件手形金相当額を回収できたはずである。

(九) しかるに、被告が右の処置をとらなかつたため、原告は本件手形金を取得することができず、その後、神戸地方裁判所伊丹支部に手形訴訟を提起したものの、金五四万七一九二万円を回収し得たにすぎず、その後、更に訴外会社が倒産したため、原告は、本件手形金残金四四五万二八〇八円の回収が不可能となり、原告は、右金員相当額の損害を破つた。

よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金四四五万二八〇八円及びこれに対する不法行為以後の日である昭和五九年一〇月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因事実1ないし3は認める。

2  同4のうち、(一)及び(二)は認め、その余の事実及び主張は争う(ただし、被告が本件手形の支払を拒絶したが不渡届をしなかつたこと及び訴外会社が倒産したことは認める。)。

三  被告の主張

被告は、昭和五八年九月三〇日、訴外会社の代表取締役鈴木儀一が本件仮処分決定書を持参して被告品川支店に来店し、支払委託の取消を求める旨の手形事故届を提出したので、これを受理した。

そして、被告は、その後同年一〇月三日に本件手形の支払呈示を受けたが、当日、訴外会社の当座預金口座には本件手形の手形金五〇〇万円を決済するに足る預金が存在せず、かつ、右支払委託の取消請求を受けていたので、本件手形の支払を拒絶した。しかし、その不渡事由にいては、東京手形交換所に意見を求めその意見を参考にしたうえで、「支払禁止仮処分中」と表示し、不渡届をしないことにした。

以上の次第であるから、被告には、何ら責められるべき点はなく、原告の主張は理由がない。

第三  証拠<証略>

理由

一請求原因事実1(原告の本件手形上の権利)、同2(本件手形の支払呈示)、同3(被告による支払拒絶)については、当事者間に争いがない。

二そこで、請求原因事実4(被告の不法行為)についてみるに、同(一)(被告と訴外会社間の当座勘定取引契約)、同(二)(福岡地方裁判所大牟田支部による本件仮処分決定)の各事実については争いがなく、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、原告が、同(三)ないし(五)において主張するところ(訴外会社による支払拒絶の要請、被告の本件仮処分決定を理由とする支払拒絶、右仮処分決定の効力及び手形交換規則の定め等)には、一応、もつともな点があると考えられるが、便宜、その点や同(六)、(七)(被告の注意義務とその違反)についての確定は暫く措き、以下、同(八)(被告の行為と原告が本件手形金の支払を受けられなかつたこととの因果関係)の点から検討することとする。

そして、まず、この点に関する原告の主張についてみるに、原告は、被告主張の如く正しく対処しておれば、訴外会社は、不渡処分を免れるため本件手形金を支払つたか、被告に異議申立預託金を預託して異議申立をして貰つたはずであり、そのことは、<証拠>によつて、訴外会社の昭和五八年九月、一〇月の決済状況をみてみると、本件仮処分決定及びこれと同種の仮処分によつて支払を免れたと考えられるもの以外は、全て、手形割引の方法で資金調達を受ける等して決済されていることからみて、容易に推認されるところである旨主張するところ、<証拠>によれば、原告が右推認の根拠とする決済の事実自体はこれを肯認することができ、かかる事実に照らすと、右原告の主張もあながち理由のないものではないと考えられる。

しかしながら、ひるがえつて考えてみるに、(イ)前掲乙第一号証によると、本件手形が支払呈示された日の前日である昭和五八年一〇月二日現在の訴外会社の被告品川支店における当座預金残高は、金八万八三二七円にすぎず、本件手形が支払呈示された翌三日にも、本件手形以外の手形金支払のために金一〇〇万円の入金がなされているが、それ以上の入金はなされていないと認められること、更に、前掲乙号各証及び弁論の全趣旨によると、(ロ)訴外会社の被告品川支店における昭和五八年九月及び一〇月の当座預金残高は、常に取り立てに回つてくる手形の金額を下回つており、支払当日、一旦、出金処理がなされた後に手形割引等の方法で右決済資金が入金されるという処理がなされていることが認められ、こうしたことからみると、訴外会社は、その当時、既に、同年九月ないし一〇月に支払期日の到来する全ての手形を決済するに十分な資力ないし信用を有しなかつたために、本件仮処分決定を理由に支払を拒絶して貰い異議申立預託金を預託しないで不渡処分を免れようとしたのでないかということも十分考えられること、しかるところ、(ハ)訴外会社が同年九月及び一〇月中に決済した手形の合計額は一億四五五五万五一〇七円、原告主張の如く、一旦、交換に回つたが本件仮処分決定及びこれと同種の仮処分決定がなされていたために、支払を取り消されたと推認されるものの合計額は六九七一万五六〇〇円、右取り消されたもののうち、本件手形の支払期日である同年九月三〇日以降同年一〇月末までに決済すべきものの合計額は五一六五万三六〇〇円であり、訴外会社において同年九月三〇日以降の支払手形を全て決済しようとすれば、上記現実に決済したもののほか、更に、少なくとも五一六五万三六〇〇円の資金を調達する必要があつたが、前記決済状況からみると、果たして、訴外会社にこれを調達するだけの資力ないし信用があつたか否か疑問であること、(ニ)したがつて、もし、被告が、訴外会社に対し、原告主張の九月二九日、あるいは被告が支払委託の取消依頼を受けたと自認する同月三〇日の時点で、本件仮処分決定のような決定があつても、訴外三浦以外の者に対しては支払を拒絶できず不渡届をせざるをえない旨伝えていたとしたら、果たして、訴外会社が本件手形を含め、その後の手形を全て決済しようとしたかどうかが、むしろ、これらの手形を全て決済するのは困難であり、早晩、不渡りを免れないものであれば、やむをえないとして本件手形の決済自体を断念したのではないかということも考えられないではないこと、以上のようなことを参酌すると、前示決済の事実はあるからといつて、そのことから、直ちに、原告主張の如く、被告が原告主張の如き処置をとつておれば、原告は本件手形の支払を受けられたか、そうでなくとも異議申立提供金を差し押えることによつて本件手形金相当額を回収できたでろうと推断するのは困難であるといわざるをえない。

三そうすると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上野茂 裁判官中路義彦 裁判官山口均)

別紙約束手形目録<省略>

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